映画『少女は卒業しない』徹底解説!タイトルの意味とテーマを読み解く

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映画『少女は卒業しない』は、朝井リョウの連作短編小説を原作とした作品です。

本作は少女4人の卒業までの2日間を描いた作品であり、希望に満ちた旅立ちばかりではなく、むしろ何かを失うことへの戸惑いや未練が丁寧に映し出されています。

本記事では、4人の少女の物語を整理したうえで、『少女は卒業しない』というタイトルの意味を読み解いていきます。

ぜひ最後までご覧ください!

本記事はネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

目次

映画『少女は卒業しない』のあらすじ

廃校のため、取り壊されることが決まっている地方の高校。

卒業式を2日後に控えた校舎には、それぞれに思いを抱えた少女たちがいました。
ある者はクラスに馴染めないことに悩み、ある者は恋人との関係に悩み、ある者は叶わなかった恋に区切りをつけようとし、ある者は大切な人との別れを受け入れきれずにいます。

校舎の取り壊しが迫る中で、「ここで過ごした時間」そのものが終わろうとしていることを実感する彼女たち。
それぞれの視点で描かれるこの物語は、交差しながらやがて“卒業”という1つの瞬間へと収束していきます。思い出が詰まった場所に別れを告げること、そして、過去を抱えたまま未来へ踏み出すこと――。

少女たちはそれぞれのやり方で、自分なりの“卒業”を迎えていくのです。

4人の少女それぞれの物語

引用元:https://eiga.com/movie/97733/photo/

映画『少女は卒業しない』は群像劇であり、由貴、杏子、詩織、まなみそれぞれに違う物語があります。ここでは、4人の少女それぞれの物語を詳しく解説していきます。

後藤由貴

バスケ部の部長である由貴は、心理学を学ぶために東京の大学への進学を決めていました。一方、由貴の彼氏の寺田は小学校の教員を目指し地元の大学に通うことを決めています。

2人の将来の方向性は全く異なるものであり、今後2人が交わることがないからこそ、2人の関係はぎくしゃくしています。

由貴は、寺田との関係はもう終わったものだと自分に言い聞かせつつ、関係を修復させることを諦めきれずにもいます。

そんな中、由貴は卒業式の練習後に親友と一緒にバスケットをしていました。そこで、「このシュートが決まったらもう一度寺田と話をする」と決意し、見事シュートを決めます。そして由貴は寺田に連絡することを決心します。

寺田が花火をしたいと言っていたことを思い出した由貴は親友と一緒に花火専門店に行って大量の花火を買い込みます。

その後、寺田に電話を掛けた由貴は「卒業式が終わったら屋上に来てほしい」と伝えます。寺田が承諾してくれたので朝も一緒に行こうと誘ってみると、それもOKしてくれました。

翌朝、寺田と待ち合わせて学校に向かう由貴ですが、寺田は口数が少なく、由貴も言葉が詰まってしまったため、ぎくしゃくした雰囲気になってしまいます。

由貴は勇気を出して「最後は笑ってお別れしたい」と伝えますが、寺田は「自分から東京に行くことを決めておいて笑って別れたいとはなんだ」と怒ってしまい、一人で歩いて行ってしまいました。

卒業式終了後、屋上で花火をしていた由貴のもとにやってきた寺田は朝の自分の態度を謝罪します。そして2人は笑い合いながら一緒に花火をします。

この花火のシーンは由貴の物語の中でも特に印象的な場面です。
本来、花火は一瞬で消えてしまう“儚さ”の象徴ですが、このシーンではむしろ逆で、終わっているはずの関係にもう一度火を灯してしまうような時間として描かれます。過去の延長のような穏やかな空気は、どこか心地よく、だからこそ残酷です。由貴にとってこの時間は、“終わりを先延ばしにするための最後の逃避”でもあります。

しかしその曖昧な関係にも、やがて決着をつける瞬間が訪れます。
卒業式の後、2人がきちんとお別れを言い合うシーンです。

ここで初めて、由貴は「関係が終わった」という事実を真正面から受け止めます。花火のシーンでは曖昧に保たれていた距離が、この場面でははっきりと言葉によって断ち切られる。だからこそこの別れは静かでありながら、強い痛みを伴うのです。

神田杏子

軽音部の部長、杏子は卒業式の後に行われる軽音部主催の卒業ライブの準備に勤しんでいました。ライブの出番順を決める投票の結果、トリは杏子の中学の同級生である森崎が組んでいるバンドに決まりました。

しかし、そのバンドは口パクのヘビメタバンドで、周りの生徒たちからはネタ枠として見られており、ふざけて投票されたと考えられます。

そんな中、森崎のバンドのメイク道具や衣装などが隠される事件が起きました。バンドのメンバーたちは「今のままでは舞台に立てない」と出演を断ります。しかし、森崎は一人で歌うことを決意し、ステージの上で堂々と歌い、皆を魅了します。

驚くことに、バンドのメイク道具や衣装を隠した犯人は杏子だったのです
中学時代は口パクをせず、普通に歌っていた森崎を知っている杏子は、「彼の歌を皆に聴かせたい」と思ったのでした。

そして、杏子は密かに森崎に思いを寄せていたのですが、その恋が実ることはありませんでした。
卒業式が終わった後、校門で森崎を待っていた杏子でしたが、他の皆が彼を取り囲む姿を見て声をかけることなく、静かに立ち去りました。

作田詩織

クラスに馴染めない詩織にとって、図書室が唯一の居場所でした。そんな詩織は、図書室の管理を担当する坂口先生に恋心を抱いていました。

クラスに馴染めないことを悩む詩織に、坂口先生は自分も同じだったと話します。その中で、「一番きつかったのが卒業式の後にみんなが記念写真を撮る中、自分一人だけが取り残される“地獄のアディショナルタイム”だった。そうならないようにするためには、残り2日をどう過ごすかが大事である」と語ります。

この話を聞いた詩織は勇気を出してクラスメイトに話しかけます。ここではぎこちなく、なんとなく気まずい空気になってしまいました。しかし、卒業式の日にそのクラスメイトが詩織に「もっと話せばよかったね」と話しかけてくれて、卒業アルバムにメッセージを書いてくれます。

詩織はこのことに喜びを感じ、図書室の坂口先生の元へ向かいます。そこで詩織はずっと返却できずにいたある一冊の本を坂口先生に返そうとします。この本は詩織にとってお守りのようなものでした。でも彼女は先生に返却するために同じ本を購入していたのです。坂口先生は詩織から新しい本を受け取り、「代わりにこれを持っていてください」と詩織がずっと持っていた本を渡します。坂口先生は詩織が本をお守りのように大切に思っていたことを知っていたのでしょう。

詩織は最後まで大きく変わることはありません。それでも、誰かのやさしさに触れた記憶と、小さな一歩を踏み出した経験は、確かに彼女の中に残ります。

山城まなみ

料理部部長のまなみは卒業生代表として答辞を読むことになりました。

卒業式の予行練習の時、卒業生の答辞でまなみの名前が呼ばれて他の生徒は驚いた顔をします。予行練習の後、「まなみが答辞を読むなんて知らなかったからびっくりした」と言う友人に対して、まなみは「自分はみんなよりも早く進路が決まったから先生に頼まれた」と話します。

その後、調理実習室に入るまなみ。そこでは恋人の佐藤駿が待っていました。まなみが作ったお弁当を2人で食べ、駿がお礼だと言ってデザートのゼリーを差し出しました。駿はまなみに向かって「卒業したくない」と言います。

卒業式当日、まなみが答辞を読むためにステージに上がったとき、保護者席にいた女性が駿の写真を抱えているのが見えます。この女性は駿の母親です。実は、駿は窓から転落して亡くなっていたのです。駿の遺影を見たまなみは、悲しみでなかなか答辞が読めずにいました。

卒業式が終わった後、まなみは調理実習室に行きました。まなみは、いつも駿に作っていたように、お弁当を持ってきていました。そのお弁当の蓋を開けたまなみの友人は、その出来栄えの良さに感嘆します。
調理室でも森崎の歌声が聴こえていました。まなみはその歌を駿が口ずさんでいたことを思い出します。

ラストシーンでまなみは誰もいない体育館に行きます。そこでまなみは亡くなった駿に向かって答辞を読みました。そしてまなみは駿のことを思って泣き崩れてしまうのです

タイトルが示す意味は?

この作品の中で、4人の少女たちは無事に高校を卒業することになります。ではなぜ、映画のタイトルは『少女は卒業しない』なのでしょうか?

ここで注目したいのは、映画のタイトルが『少女“たち”は卒業しない』ではなく、『少女””卒業しない』であることです。

つまり、卒業しないのは1人だけであると考えられます
ここで、「卒業しない少女」として一番可能性が高いのはまなみです。

まなみは、恋人の駿と死別し、大きな悲しみを抱えています。
ラストでは、まなみが亡くなった恋人である駿に向けて答辞を読み、泣き崩れるシーンがあります。駿に向かって答辞を読むことは、彼がいない世界を受け入れ、悲しい過去を乗り越えるという解釈もできるでしょう。

しかし、このラストシーンでは終わり方に少し特徴があり、なんとなく不穏な雰囲気で終わりを迎えます。
ラストでは、泣き崩れるまなみの姿に『少女は卒業しない』というタイトルが重なり、エンドロールに入ります。このことから、まなみはまだ駿に未練を抱いており、次の世界に進む準備ができていないという解釈ができます。だからこそ、卒業しない少女はまなみだったという解釈もできるのではないでしょうか。

まとめ【卒業に向き合う少女たちの群像劇】

映画『少女は卒業しない』は、卒業という人生の節目を描きながら、その裏にある“終われなさ”や“手放せなさ”に静かに寄り添う作品です。

由貴、杏子、詩織、まなみはそれぞれ異なる理由で「卒業」と向き合います。彼女たちの姿は、一言では片づけられない複雑な心の動きを映し出していました。

それでも彼女たちは、小さな出来事や誰かのやさしさに触れることで、ほんのわずかに前へ進んでいきます。大きく変わらなくてもいい。きれいに区切りをつけられなくてもいい。
この作品は、そんな不完全なままの私たちを肯定しながら、「それでも人は少しずつ進んでいける」と静かに語りかけてきます。

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